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ユニフォームを脱いだ選手たち~セカンドキャリア奮闘記~

元千葉ロッテマリーンズ 澤井良輔

第二の野球人生

元千葉ロッテマリーンズ 澤井良輔

今年からBCリーグ(プロ野球独立リーグ)に加盟した群馬ダイヤモンドペガサス。加盟1年目にも関わらず上信越地区のチャンピオンにもなったこのチームで澤井良輔は今、野手コーチをしている。
練習する設備も整わない、自分たちで道具を運び、片付け、遠征時には長時間バスに揺られて対戦相手のグラウンドに向かう。
澤井は現役時代とは雲泥の差があるこの環境を受け入れ、群馬に引っ越し、この地に野球が根付くこと、新たなプロ野球選手を輩出することを夢見て、日々汗を流している。

澤井は銚子商業高校の主軸として甲子園でも活躍し、多くの注目を浴びて1995年のドラフト1位で千葉ロッテマリーンズに入団した。「2、3年も経てば自分も松井秀喜のようになっている。」そんな青写真を描き、自信を持っての船出だった。
しかし、結果として10年間のプロ野球人生は苦難の連続。そしてその選手生活は引退後の生活にも大きな影響を及ぼすこととなる。

厳しさを目の当たりにした新人時代

元千葉ロッテマリーンズ 澤井良輔

キャンプの初日に何の変哲もないノックを顔に当ててしまう。澤井はこれがすべての苦難のはじまりだったと語る。
体力、技術、精神、全ての面でついていけない。プロのピッチャーのボールがこんなに凄いのかと驚かされた。
「だからといってその姿を見せることができなかったんです。まわりはドラフト1位の澤井が練習していると常に騒いでましたから。」周囲のプレッシャーが18歳の少年を苦しめる。
1年目の5月を迎えた頃には、澤井の心は完全に折れていた。プロのレベルについていけず、試合にも出られないという歯がゆさからマネージャーに退団を申し出る。さすがにその思いは留まらせたが、すぐに気持ちを切り替えられるわけがない。休日は遊んで憂さ晴らしをし、時には試合に出ることが億劫になることもあった。野球に打ち込めない。そんな選手生活が続く。
2年後の活躍を夢見ていた男は、時が来てもまだくすぶっていた。

転機

元千葉ロッテマリーンズ 澤井良輔

自分が戦力外のリストに入っているという噂も聞こえてくる。退団していった選手と自分の状況をだぶらせてしまう。
追い込まれた澤井にひとつの転機が訪れる。
入団から5年目を迎えた正月。先輩で親しい間柄の大塚から連絡が入った。「今すぐ帰ってこい。練習するぞ。」2人は河川敷で自主練習を始めた。毎朝、大塚の自宅へ迎えに行き、キャッチボールをはじめ、色々なことをしたという。
目標とする先輩との日々をきっかけに、自分の凝り性な性格も相成って、ウエイトや素振りと今までにないくらい練習に取り組んだ。入団後、自分で決めたことを持続できたのはこれが初めてだった。キャンプも無我夢中で練習に取り組んだ結果、開幕一軍スタメンを勝ち取るなど、入団後初めて結果が出た。
「今振り返って、あの頃の練習がなかったら、10年もプロでやれていなかったでしょうね。」
一度は光が射した澤井のプロ野球人生だったが、その後は調子を落とし、再び軌道に乗ることなく、2005年に球団から戦力外通告を受ける。

引退後の歩み

元千葉ロッテマリーンズ 澤井良輔

澤井は戦力外通告を受けた後、家族と相談してトライアウトを受けずに野球界から離れることを決心した。
そして知人の紹介を通じ、飲食業への就職が内定した。他の多くの選手と同じように野球から離れた第二の人生がそこまできていた。
しかし、引退後しばらくして野球への思いが徐々に沸き上がってきた。結局、飲食業は断念し、野球に関わる道を選ぶことになる。
半年間、クラブチームでコーチをしながら、インターネット中継の解説をし、その後は企業に就職はしたが解説は続け、野球に関わり続けた。

しかし、その頃から澤井を苦しめる新たな問題が浮き彫りになる。
「野球以外の仕事で、想定外の質問があると、何も答えられない。そんな自分が恥ずかしかった。」現役時代に時間があっても遊んでしまい、社会勉強をしなかったこと。球団で行われていた有識者による講習会もまともに聞かず、資格の取得にも興味を持たなかったことを酷く後悔した。
それでも仕事をしなくては、家族を養っていけない。一つひとつ勉強し、必死に仕事をした。

ダイヤモンドペガサスへ

元千葉ロッテマリーンズ 澤井良輔

そんなある日、澤井に1本の連絡が入る。群馬ダイヤモンドペガサスからコーチの要請だ。千葉ロッテマリーンズの関係者がチームのマネージャーに就任したのをきっかけに白羽の矢が立ったのだ。
「野球に関わり続けたい。」という思いを抱いていた澤井に迷いはなかった。かつてともにプレーした秦真司監督のもと、再びユニフォームに袖を通すことを決意する。

再び野球漬けの毎日が始まった。昼は練習や試合をこなし、夜は週に1・2回、選手とともに地域の子供たちに野球を教えている。決して全国区の仕事ではないが、自分に向いている。そう感じてコーチ業に打ち込んだ。

現在の澤井は、常に追い込まれていた現役時代とは違い、しっかりとした目標を持っている。
プロ野球界を必死に目指している選手を指導し、一人でも多くの人材を輩出したいと考えている。
「もっと独立リーグに注目してほしいです。地域密着の楽しさはもちろんですが、何よりも選手の目が違います。泥だらけになって必死に戦う姿を見てほしいですね。」

今だから伝えたいこと

元千葉ロッテマリーンズ 澤井良輔

現役時代、引退後に多くの苦労を積み重ね、再び現場に立っている澤井には、今だからこそ現役選手に伝えたいことがある。

まず、自分の身体を理解すること。
選手には状態の良い時期が必ずある。それを分析し、頭で理解していれば調子を落としたときにも立ち直りやすい。

もうひとつは引退後のこと。
現役生活を何十年も続けられる選手は一握りのみ。多くの選手は引退後に新たな道を自分で切り開かなければならない。その時に何ができる、何をやりたいかを具体的にイメージし、備えておくことが大事だ。

澤井はインタビューをこう締めくくった。
「心が折れそうな選手もたくさんいると思いますが、少しのきっかけで状況が一変することは多々あります。それに気付くことができる高いアンテナ持ってほしい。また、野球はもちろんですが、人間として尊敬できる選手を見つけてほしい。それらの出会いは、引退後の人生に活きてきます。そこに早く気付いてほしいと思います。」自らが体験したからこそ言えるこの言葉にはとても重みがあった。

職場のご紹介

群馬ダイヤモンドペガサス

群馬ダイヤモンドペガサス

群馬県を本拠地とし、プロ野球独立リーグ「ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)」に加盟するプロ野球チーム。
2008年シーズンからリーグに加盟し、初年度前期は上信越地区2位。後期は優勝。
北陸地区優勝の富山サンダーバーズとの間で争われたリーグチャンピオンシップには惜しくも敗戦したが、今後の活躍が期待される。

【URL】 http://d-pegasus.com/
【BLOG】 http://ameblo.jp/ryosukesawai/
今号のインタビュアー:下田完吾(しもだ かんご)
都内在住のフリーライター。得意ジャンルは野球、サッカー、競馬、ファッションなど。
今号のカメラマン:黒田敏之(くろた としゆき)
美浜区在住のフォトグラファー(スタジオゼット株式会社)。ロッテとビールをこよなく愛する二児の父。